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東京高等裁判所 昭和31年(ム)7号 判決 1956年10月13日

再審原告 富士機械株式会社

訴訟代理人 仁科康

再審被告 国

訴訟代理人 大坪憲三 外一名

主文

本件再審の訴を却下する。

再審訴訟費用は再審原告の負担とする。

事実

再審原告代理人は、「東京高等裁判所が、昭和二八年五月七日同裁判所昭和二七年(ネ)第一六八一号売買代金請求控訴事件につき言い渡した判決を取り消す。再審被告の控訴を棄却する。訴訟費用は全部再審被告の負担とする。」との判決を求め、再審の事由として次のとおり述べた。

再審原告は、再審被告を相手どり、訴外玉置磯治は昭和二五年四月頃、再審被告に対し自転車二〇〇台を売却したが、(右取引につき再審被告側でその衝に当つたのは農林省農業改良局統計調査部所属守屋今朝男事務官である。)再審被告はその代金のうち七五万円の支払をせず、再審原告は昭和二五年一二月末、玉置から右七五万円の売買残代金債権の譲渡を受けたりとして、右七五万円及び遅延損害金の支払を求める訴を東京地方裁判所に提起し、(同裁判所昭和二六年(ワ)第一一五三号)同裁判所において審理の結果再審原告勝訴の判決の言渡があつたが、これに対し再審被告から東京高等裁判所に控訴を提起し、(同裁判所昭和二七年(ネ)第一六八一号)同裁判所は、審理の結果昭和二八年五月七日、右事件における主要の争点たる、右売買の売主が再審原告主張の如く玉置個人であるか、再審被告主張の如く訴外富士機械工業株式会社であるか、を判断するにあたり、他の諸証拠に合せ後記の如く虚偽の陳述を含む控訴審における証人守屋今朝男の証言を証拠として、売主は玉置個人でなく右会社であると判定した上、原判決を取り消し、再審原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡した。これに対し再審原告から上告したが、昭和二九年一〇月七日上告棄却の判決言渡があり、ここに右判決は確定した。

然るところ、右事件の控訴審における証人守屋今朝男は、その証言の一部で、右売買につき、「玉置は富士機械工業株式会社は経営不振なので現在新しい会社(被控訴会社であるが当時は未登記のもの)を他に設立する積りだが、その会社と契約してくれと言つたことはありません」(当庁昭和二七年(ネ)第一六八一号事件の記録中証人守屋今朝男の尋問調書と対照すれば、再審原告が本訴で右証人の虚偽の陳述としてとりあげる証言部分は、正確にいえば上記の如き陳述部分を指すものと見られる。)と陳述したのであるが、再審原告の同人に対する偽証の告発によつて浦和検察庁検察官検事山口鉄四郎の取調を受けた際、「玉置より契約の当時新会社設立問題について話を受けた様な気もするし、しない様な気もするし、その点はつきりしなかつたので、はつきりしないことは云わない方がよいのだと思つて右のような証言をした」と、玉置の言、申出を否定し去つた前記陳述の虚偽なることを自供するに至つた。すなはち、前記証言は虚偽の陳述であつたのである。そして検察官は、守屋の右自供その他の資料によつて右守屋の前記証言部分は偽証であると判定したが、諸般の情状を斟酌して昭和三一年二月一九日同人を不起訴処分に付したのであつて、すなわち、「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」(民事訴訟法第四二〇条第二項)というに該当するところ、再審原告は、同年四月二四日検察官からの通知によつて右事実を知つた。よつてここに本件再審の訴に及ぶ次第である。

かように述べ、なお、右不起訴処分について、再審原告は検察審査会に対し審査の申立はこれをしなかつたものである、と附陳した。

再審被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、再審原告主張の事実中、訴外守屋今朝男が偽証をしたことは争うが、(もつとも、同人が証人として、又検察官の取調に対して、それぞれ再審原告主張の如き陳述をしたことは認める。)その他は認める。本件は再審原告主張の如く証人の虚偽の陳述が証拠となり、かつ、「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」にあたる場合でないから、再審の訴は却下せらるべきである、と述べた。

再審原告代理人は、証拠として、新甲第一、二号証を提出し、再審被告代理人は、その成立を認めた。

なお、当裁判所は、弁論を再審事由の有無の点に制限した。

理由

再審原告が本件再審の事由として主張する事実は、その主張にかかる証人守屋今朝男の証言部分が虚偽の陳述であり、かつこれが本件再審の訴の目的である当裁判所昭和二七年(ネ)第一六八一号売買代金請求控訴事件の判決の証拠となつたとの点を除きすべて再審被告の認めるところであつて、同人が宣誓したる証人として証言しまたその後において検察官に対し供述した内容がそれぞれ再審原告主張のとおりであることもまた再審被告のあえて争わないところである。そして右証言供述の内容を仔細に比較検討し、これに成立に争ない新甲第一、第二号証を参酌するときは、証人守屋今朝男の右証言部分は、本来記憶が曖昧であつて、本件契約当時玉置磯治から新会社設立問題について話を受けた様な気もするし、しない様な気もした、というのであるから、その旨証言すべきであつたのにかかわらず、このような話はなかつた、といつて、断定的にこれを否定しさつた点において一応虚偽の陳述であると認めるのが相当であつて、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかしながら、このように証人の証言の一部に虚偽の陳述があつたからといつて、これをもつて再審の事由となすがためには、右虚偽の陳述が再審の目的たる判決の証拠となつたこと、並びに右虚偽の陳述をなしたことにつき有罪の判決が確定したかまたは証拠欠缺外の理由により右確定判決を得ることができない場合であることを要するのであつて、(民事訴訟法第四二〇条第一項七号第二項参照)この要件をかくときは、たとい虚偽の陳述であつたとしても、これを再審の事由となすことができないのである。

よつてこの点を調査するに、本件において、右守屋今朝男の虚偽の陳述につき有罪の確定判決のあつたことは、再審原告の何ら主張しないところである。しかしながら、再審原告の告発により同人に対する偽証被疑事件の取調をなした浦和地方検察庁検察官検事山口鉄四郎が昭和三一年二月一九日同人を不起訴処分に付したことは当事者間に争なく、新甲第一号証によれば、同検察官は偽証の証拠十分なるも諸般の事情を考慮し起訴猶予を相当と認めて裁定したことが明らかであるので、このような場合は、検察官が証拠不十分の理由により不起訴処分をなした場合と異り、犯人の死亡、公訴時効の完成、または大赦等により確定の有罪判決を得ることのできない場合と何ら区別すべき理由がないので、これらの場合とひとしく証拠欠缺外の理由により有罪の確定判決を得ることができない場合に包含せしめるを相当とする。もしそれ他日起訴の可能なるの故をもつてこの場合にあたらないとなし、また検察審査会に対する審査請求の方法あるの故をもつてこの方法をつくさない以上未だ確定的にこの場合にあたるといいえないというが如きは、わが国の刑事訴訟法が起訴の権を検察官に専属せしめ、かつ、起訴便宜主義をとつていることからみて、せまきにすぎる見解であるということができるであろう。

次に再審原告は、右守屋今朝男の虚偽の陳述が再審の訴の目的である判決の証拠となつた、という。なる程、右判決の理由をみるに、守屋今朝男の証言が事実認定の重要な資料となつていることはいなむべくもないのであるが、右判決の基礎たる事実は、再審原告も主張するとおり、本件自転車納入契約の売主が玉置磯治個人であるが、または富士機械工業株式会社であるか、であつて、右判決が右事実を確定するにあたり前記証言中の虚偽の陳述を証拠としたかどうかは必ずしも明らかでないのであつて、むしろ右陳述の内容よりしてこれを直接の証拠にしたものでないことは明らかであるというべく、しかも新甲第二号証によれば、守屋今朝男は検察官の取調に対しても終始契約の相手方は富士機械工業株式会社であつて玉置磯治ないし新会社(再審原告会社)でない旨供述しおり、この点においては何ら変らないのであるから、判決の直接の証拠となつたのはこの部分の証言であると認めるのを相当とすべく、従つて仮りに右虚偽の陳述が事実を確定するについて多少なりとも参酌せられたとしても、そは守屋証人の証言の信憑力をたしかめるに止り、直接には右判決の内容従つて判決の主文に影響を及ぼすものでないということができ、しかも判決の理由によれば、右判決は、守屋今朝男の証言のみによつて本件契約の相手方を認定したのでなく、これと右判決挙示の証拠とを綜合し、あらゆる観点からその証拠価値を検討して事実を確定したことが看取せられるのであつて、このような場合、右虚偽の陳述にかえるに前記「玉置より契約の当時新会社設立問題について話を受けた様な気もするし、しない様な気もする。」という検察官に対する供述をもつてしても、これがため契約の相手方は富士機械工業株式会社であるという守屋今朝男の証言の信憑力には何ら影響するところなく、従つて右判決と異る判断がなされたであろうということも、全然可能性がないか、またはあつても微弱であつてとるに足らないものであろう。そして再審の訴において「証拠ト為リタル」というは、再審の本質からみて、再審理由がもし当該裁判所において斟酌されたならば必ず当該判決と異る判決がなされたであろうというところまでいかないとしても、少くともその見込、可能性のある場合に限りいいえられるのであつて、そうでない限り証拠となつたということができないのであるから、結局前記虚偽の陳述は本件再審の訴の目的たる判決の証拠となつたものでないというのほかないであろう。しからばこの点において再審原告の本件再審の訴はその要件をかくものというべきである。

よつて本件再審の訴は不適法として却下すべく、民事訴訟法第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

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